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福岡高等裁判所 昭和55年(う)297号 判決 1981年3月26日

被告人 濱口勝彦

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中村仁提出の控訴趣意書記載のとおりでありこれに対する答弁は、検察官清水鐵生提出の答弁書(但し、第二の見出しの記載を「事実誤認ないし法令の適用の誤りの主張について」と訂正する。)記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

右控訴趣意第一(実行々為に関する事実誤認)について。

しかし、原判決の挙示する関係各証拠によれば、被告人が赤色スプレー塗料を用いて原判示の落書きをしたことは優に認められ、所論の如く本件落書きをした者が辻千鶴子又は同女を支援する者で被告人以外の者であつたことを認めるに足りる証拠はなく、記録を精査し、当審における事実取り調べの結果を参酌しても、原判決に所論の如き事実誤認があることを見い出すことはできない。

所論は、原審証人大地妙子に対する尋問調書(以下、大地証言という)及び鑑定人石田忠之作成の「鑑定書作成報告」と題する書面(以下、石田鑑定書という)の信用性を否定するとともに、原審証人進弘子、同野田真利の各供述及び同小泉勝博に対する尋問調書は、いずれも右大地証言及び石田鑑定書の信用性を担保するものではないというのである。そこで、まず大地証言についてみるに、同証言は、本件落書きのうち西側塀に書かれた「古海は首切りを撤回せよ」、「暴力ガードマン追放」との落書きがなされるのを幅員八メートルの道路を距てた自宅庭から目撃した事実の具体的かつ詳細な供述で、その供述内容にあいまいさや不自然さあるいは前後の矛盾等はなく、同女が当時洗濯と子守りをしていたからといつてその目撃状況が断片的であつたとはいえないし、同女が以前第三ひまわり学園に抗議行動に来ていた被告人を見憶えていたことは、右落書きを被告人の所為とする供述の信用性の証左にこそなれ、それが先入感となつて誤つた供述をしたと疑うべき事情はなく、その他大地証言の信用性に疑念を差し挾むべき具体的事情は存しない。次に、石田鑑定書についてみるに、同鑑定書及び鑑定人石田忠之の当審証人としての供述によれば、同人は、本件鑑定の基本的態度として、鑑定資料と対照資料の記載条件の差にもかかわらず、同じく文字である以上は必ず記載者特有の書癖が現われるとの見解のもとに、この書癖の存否を判断しようとするものであり、右書癖の判定に当つては筆勢、筆順、位置、形態、筆致、略字、特癖の各点につき検討するほか字画間の分度測定をなし、かつ、本件落書きがスプレー式ペンキ書きであること、高い位置に書かれていること、字画構成が大きいことなど対照資料との差は十分念慮に入れて鑑定していることが認められ、その基本態度は正当であり、与えられた資料からの文字の選択や検討に恣意、独断その他偏頗等は見当らず、鑑定の技術、方法にも格別疑念を生じるような点はなく、その専門的知識と技術を用いて誠実に判定して鑑定意見を形成していることが認められるのでその信用性は十分に肯認され、これを否定する所論も採用の限りでない。なお、原審証人進弘子、同野田真利の各供述及び同小泉勝博に対する尋問調書についてみるに、同証人らは何れも検察官により実質証拠として取り調べ請求がなされたものであり、その供述内容はそれぞれ本件犯行の日時、場所に密着した状況下における被告人の挙措動作あるいは本件落書きがなされる前後の塀の状況などを供述するもので、実質証拠として十分証拠価値を有するとともに、大地証言及び石田鑑定書ともよく照応するので、その信用性を担保する機能を有するものである。

以上の次第であるから原判決の事実認定に誤りはなく、論旨は理由がない。

右控訴趣意第二(損壊に関する事実誤認ないし法令適用の誤り)について。

所論は要するに、原判決は、本件落書きの所為に対し、塀の外観もしくは美観を著しく汚損してその効用を減損させたとして器物損壊罪の罰条を適用したが、右落書きにより塀の美観を損ねたことが事実としても、その程度は著しいものではなく、又これによつて塀の効用が害されたわけではないから、器物損壊罪に該当せず、軽犯罪法一条三三号に該当するにすぎないというのである。

よつて検討するに、刑法二六一条にいわゆる損壊とは、器物本来の効用の全部又は一部を失わしめる一切の行為をいい、その形態を物質的、有形的に変更、毀損する場合だけでなく、これを著しく汚損してその美観を害し、事実上、感情上再びその物本来の用途に使用しえない状態にする場合も含まれ、他方、軽犯罪法一条三三号に工作物を汚すとは、工作物の美観を害することをいうが、その汚損の程度が軽く、その物本来の用途に使用することを妨げるほどに至らない場合をいうものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、司法警察員作成の実況見分調書及び原審証人古賀清光の供述によれば、原判示第三ひまわり学園は鉄筋造り二階建で、周囲をコンクリート塀とブロツク塀で囲繞され、その西側が市道に面し、付近一帯は一般民家、民間アパート、公団アパート等が密集する閑静な住宅街にあること、本件落書きがなされた塀は同学園の西側と北側の各上部に金網を張つた(ただし、西側は南端から塀の上部で計測した三・五メートルまでの部分には金網はない)コンクリート塀(西側の塀の長さ一〇・三五メートル高さは前記金網のない南側で二・三二メートルその余の北側では一・一四メートル、北側塀の長さ二九・三メートル高さ一・〇二メートルないし〇・三三メートル)及び北側角の非常用門の左右両側のコンクリート塀(高さ一・九メートル、幅〇・九メートル)で、壁面は薄いこげ茶色塗料がなされているが、西側塀は大よそその半分を占める部分に「古海は首切り撤回せよ」、「暴力ガードマン追放」と、非常用門の左右コンクリート塀はほぼその全面に「首切りを撤回しろ」、「原職に復帰させよ」と、また、北側塀は三区画に分れるが、その一区画はそのほぼ全面に「古海は首切りを撤回しろ!」と他の一区画はその一部に「首を+」とそれぞれ赤色のスプレー式ペンキを使用して合計四九個の文字が乱雑に記載され、漢字の大きいもので縦〇・七三メートル、横〇・五〇メートル、小さいもので縦〇・三四メートル、横〇・三五メートルであつたこと、同学園を管理する社会福祉法人北九州市障害療育事業団は、直ちに本件落書きの消除を業者に発注したが、壁面がアクリルリシン吹き着けのため消除は不可能であり、落書き部分のみの塗抹等ではむらが生じるため、更めて壁面を全面塗装するほかないこととなり、同作業に作業員三名が従事して三時間ないし四時間を要し、費用として人件費を含め約一〇万六〇〇〇円を要したことがそれぞれ認められる。

右事実によれば、本件落書きが、幼児の養護施設環境にとつて著しく異様で乱雑であり当該施設の塀としてそれなりに有する美観を害したことは明らかで、その程度はその文言内容とも合せ客観的にみてそのままではとうてい使用するに耐えないほどに著しいものであり、しかもこれを消除するためには更めて全面塗装をする以外になく、原状回復が相当に困難であつたことを考慮すると、それは単に軽犯罪法一条三三号にいう物を汚した場合にとどまるものではなく、その本来の効用が害された場合に当ると解するのが相当であるから、本件落書きは器物損壊罪にいう損壊に該当するものというべきである。

そうしてみれば、本件落書きを損壊に当るとして器物損壊罪の成立を認めた原判決には所論の如き事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りはないので、論旨は理由がない。

右控訴趣意第三(量刑不当)について。

しかし、本件記録並びに原審において取り調べた証拠に現われている被告人の年齢、経歴、境遇、前科及び犯罪の情状並びに犯罪後の情況等にかんがみるときは、原判決の被告人に対する刑の量定は相当であつて、これを不当とする事由を発見することができない。論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文に従いこれを全部被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 生田謙二 畑地昭祖 矢野清美)

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